クラシック音楽家とお喋り「バッハの転職回数が多い件について」
yuzuporo
ゆずぽろの昼休み


ケーテンは居心地のいい場所でしたが、徐々に情熱が薄れてしまいました。
バッハは息子に大学教育を受けさせたいと考えていましたところに、ライプツィヒで「カントル」の募集があることを知りました。
聖トーマス教会のカントル(音楽監督)の椅子が空き、後継者を探していました。
はじめは当時人気のあったテレマンに声をかけましたが断られました。
続いてグラウプラーにも声をかけられましたがグラウプラーが所属してしていた職場が離さなかったため無理でした。
仕方なくバッハというわけです(^◇^;)
市の音楽監督と教会附属学校の教師を兼任していたバッハ。
週に1曲カンタータを作曲し多忙な日々を送っていました。
バッハが推薦した学生は落とされ、音楽の才能のない学生が入学する。
バッハは音楽のレベルを上げられないのは危険だと願いを出すが拒否されます。
市の音楽監督だから、大学の礼拝音楽も自分が作ったものがいいと伝えますが、報酬を減額されてしまいます。
バッハはこう言っているでしょう。
「絶対わたしは悪くない。」
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